
みなさんこんにちは。
これは、

の第二話目、「START編」です。
本作をはじめて読む方は、前話の

をさきにお読みください。
それでは、以降より第二話目、「START編」を開始します。
状況把握
数学教師の大山勇雄と、高校2年生の田中晋。二人は3方向を巨壁に囲まれた空間に捕らわれていた。
「先生‥‥。ここ‥‥、どこなんでしょうか」
田中の質問に、大山は辺りを見回しながら答える。
「分からん。日本‥‥なのかさえも」
「ええっ!?」
その空間がいったい何なのか、初めのうちは分からなかった。二人の視界には、壁しかないといっても過言では無い。天井はなく、地面は砂利混じりの白土。想定されるのは‥‥。
「‥‥迷路?」 田中の呟きに、大山は安易に同意できなかった。
「‥‥しかし、この規模だぞ‥‥」
二人は改めて壁の端を見上げた。
「マンション一棟分はありそう‥‥って、今何時だっ!?」
田中は壁の端にうっすらと光りの線を見つけ、時間の存在を思いだした。左手の腕時計を見たところ、7時15分を指していた。
「先生、スマホ! 僕のスマホ返してください」
「あ、ああ。忘れていた。ほら」
田中は大山が鞄から取りだしたスマートフォンを、勢いよく取り返すと、それを操作し始めた。
「バッテリーはまだ半分以上残ってる‥‥」
「‥‥お前、やっぱりスマホ依存症なんだな」
「そんなことないで‥‥す」
「どうした?」
「‥‥圏外」
「圏外!?」
大山も自身の携帯を取りだして確認した。
「‥‥どうなってるんだ」
「‥‥でも、この高さの壁だったらたぶん」
「‥‥そう‥‥だな‥‥」
携帯電話でつかわれている「電波」は、四方を高くて厚い壁に囲まれていると、うまく送受信ができず圏外になる。
田中は位置情報を得るためにGPSも確認したが、同様に電波を取得できず、現在地を特定できなかった。
待機
それ以降、二人は目を覚ました最初の位置から動かなかった。
いや、そもそも移動する予定はないらしい。
なにより、急激な状況変化に遭遇した際は、やみくもに動いてはならない。確かな情報なしに行動することは、助かる可能性を捨てるに等しいからだ。これは、山や海で遭難した時も、ましてや今の状況でも同じである。
このまま二人は同じ場所に居続けるつもりだろう。
すでに、目を覚ましてから30分近く時間が経過した。
その間にも、太陽はじりじりとその高度をあげている。巨壁の影も、徐々に徐々にその長さを減らしていく。
静寂の崩壊
一切の音がない空間。
いや、二人のうちどちらかが体制を変えれば服がすれる音は聞こえるし、田中の腕時計は60BPMのリズムをつねに奏でていた。
そのふだんは気にならない、遅いリズムが耳障りになった。
こらえきれず、田中は持っているカバンに腕時計を仕舞おうとジッパーを開けた。
その瞬間だった。
――♪♬♫🎶🎵♩:::♪♬♫🎶🎵♩…
なんだ!?
と、二人声をそろえて驚いた。
――♪♬♫🎶🎵♩:::♪♬♫🎶🎵♩…
何度も、同じメロディーが繰り返される。
この音の発生源は、田中の左足のポケットにいれられた、スマートフォンだった。
――♪♬♫🎶🎵♩:::♪♬♫🎶🎵♩…
田中は急いで取りだして、着信主を確認した。
そこには、見知らぬ番号が表示されていた。
――♪♬♫🎶🎵♩:::♪♬♫🎶🎵♩…
いや、そもそもこんな長い電話番号はみたことがなかった。
そもそもの話――、
――♪♬♫🎶🎵♩:::♪♬♫🎶🎵♩…
「先生‥‥、これビデオ通話です」
「ビデオ通話!? 誰から!?」
――♪♬♫🎶🎵♩:::♪♬♫🎶🎵♩…
「それに‥‥みたこともない番号です。というかどこか別の国かも」
「なんで!? そもそも圏外じゃないのか!?」
――♪♬♫🎶🎵♩:::♪♬♫🎶🎵♩…
大山は自身の――二つ折りにされた――携帯電話を取りだして、それを開いて確認した。
「やっぱり圏外、だよな‥‥」
――♪♬♫🎶🎵♩:::♪♬♫🎶🎵♩…
田中はうなずいた。
「先生、これ。出た方がいいんでしょうか‥‥」
――♪♬♫🎶🎵♩:::♪♬♫🎶🎵♩…
「‥‥いや、しかし。不吉な予感しかしないんだが‥‥」
「‥‥でも、最初から不吉ですよね‥‥」
――♪♬♫🎶🎵♩:::♪♬♫🎶🎵♩…
二人はおし黙った。
何度も何度も、同じメロディーが繰り返される。そのたびに、胸がつっかえていく。
――♪♬♫🎶🎵♩:::♪♬♫🎶🎵♩…
まるで上皿天秤の片側だけに、自分の心の一片を分銅にして乗せていくような感覚だった。
田中はスマートフォンのボリュームを、いや、電源そのものを切ろうと手を伸ばした。
――♪♬♫ピッ
不意に、不快音が止み、着信状態になった。
「えっ!?」と、田中は声を上げた。
「どうした!?」と、大山も声を上げた。
スマートフォンは、なぜか自動的に着信状態となった。
その二人の声に、スマートフォン越しの誰かが答えた。
ルール
「はいはいどうもどうも、みなさん、おはようございます」
「なんだ!?」
スマートフォンのテレビ電話には、黄色い目玉のお化けのような顔が映っていた。
「なんだなんだ、どうしたどうした、じゃないよみなさん。あ、ちょっと聞いてますかーー?」
「‥‥」
その目玉のお化けは、延々と一方的にしゃべり続ける。
「無視ですかーー、お怒りですかーー? おーいおーい。」
「‥‥」
「むしろ、とんで火にいる夏の虫な状況は、みなさんなんですよー。ぷくくく、僕ちんうまーい。」
「‥‥」
「まあまあ、まあまあ。あ、お母さんのことじゃないよー。ぷっくっくー。」
「‥‥」
「それになんなのーー!? いまだにガラケーの奴! 侵入できないし、まじダッサーイ!! あ、お酒の銘柄じゃないですよー。」
「‥‥」
「さーて、ここからが本題。みなさんは今、拉致被害者です。」
「拉致!?」
大山と田中は顔を見合わせた。
確かに、この状況は拉致だ。
「はいはい、はいはい。あ、赤ちゃんがやるやつじゃ、ないですよー。」
「‥‥」
「あ、もしかして『ウザいなこいつ』とか思ってない?」
「ああ」とつい漏らした大山を、田中はとっさにたしなめた。
「先生しっ!」と言われて、はっとした大山は口を手でふさいだ。しかしどうやら、おしゃべりな電話口の流ちょうな合成音声は、意に介していないようだ。
こりずに――いつになったら本題を言うんだと突っ込みたくなるほど――むだ話を続けている。
そしてようやく。
「‥‥というわけで、おほん。端的に言うなら、僕ちんはみなさんの命、握ってます。」
「命!?」
「はいはい。動揺しない、動揺しない。あ、歌うほうじゃないですよー。」
「‥‥」
「それにわかると思うけど、一晩の一瞬でみなさんを拉致できる僕ちん。命をとることも簡単なんです。」
「‥‥」
「そして、これはゲームです。」
「ゲーム!?」
「みなさんが今いる超巨大迷路を攻略してください。」
「やっぱり迷路か‥‥」
「期限は明日の日没いっぱい。必ず四人一組でゴールしてください、命を賭して。」
そこまで言うと、スマートフォンは一方的に切れた。
「おい、ちょっと待て!」
大山は何度も呼びかけたが、応答はなかった。
「ちくしょう、なにがゲームだ。なにが命を賭してだ。」
大山はぶつぶつと文句を言っている。
それをよそに、田中は、冷静さを取り戻そうと努めた。
大山は田中の方から聞こえた――ピシャンという――音に、我に返り、その方向をみた。
その音は、田中が自身の両の頬をはたいた音だった。
そして「ふぅっ」と、大きく長いため息をすると、田中は大山に声をかけた。
「先生。ゴールを目指しましょう。」
「しかし‥‥」
「大丈夫ですよ、先生。奴が言うように、これがゲームだったら、必ずクリアできるはずです。なにより‥‥」
「なにより?」
「こんなオープニングの無駄話をスキップできないようなクソゲーなんかに、僕は負けませんよ」
‥‥To be contenued.
https://ganohr.net/blog/prologue-escape-from-the-grand-maze/




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