
みなさんこんにちは!
いきなりですが、「方眼紙」って最近つかいましたか?
方眼紙をつかうのは、どちらかといえば学生時代が中心。グラフを手書きするときや、図形を描画するときにつかいます。
そのため、大人になると使用頻度がとてもへります。
それに人によっては、「学生時代でもほとんど使用した経験がない」なんてこともあります。
かわって私は、この方眼紙にかなり思い入れがあります。
そこで今回は「方眼紙と私」と題して、どのように方眼紙をつかってきたか紹介します!
方眼紙で世界をつくる?マリオのステージを妄想した

スーパーマリオブラザーズ。通称マリオ。
今から20年~25年前、私が小学生の1年生・2年生の頃は、マリオが異常なほど大人気でした。
かくいう私は、アクションゲームが大の苦手。
1面さえもまともにクリアできませんでした。
そもそも当時、私の自宅にはファミコンもスーパーファミコンもありません。
友達の家に遊びに行くと、やはり大人気だったマリオ。
みんなで交代交代でプレイします。
しかし家にゲーム機がなかったので、私だけ度がつくほどにヘタ。
だからある時、練習のために
マリオのステージを、方眼紙に書き写すことを思いつきました。
そう、
友達が遊んでいるのを参考にマッピング(≒地図を描くこと)したのです。
ふつう、マッピングはアクションゲームではやりません。
複雑なダンジョン迷路ゲームなどで、おこなうものです。
…当時の私はちょっとズレてますね(笑)。
順番待ちしている友達と、ワイワイ言いながら書き写していきます。
方眼紙の一つのマスが、マリオの一つ一つのブロックに相当します。
そして小学生の低学年におこなったので、どんどん最初の目的からズレていきます。
最初はちゃんとマップを書き写していたのに、次第に、オリジナルの要素が描かれていきます。
たとえば、
- 単なる平地なのに、「キラー(マリオに出てくる敵キャラ)」を勝手に追加
- 一体だけでは飽き足らず「ハンマーブロス(同様に敵キャラ)」を大量に書いたり
そして、
最終的に自分がどういうステージを作るか、そういった方向へ向かってしまいきました。
DSマリオメーカーのアナログ版とでもいうような、そんなものですね(笑)。
そうしてノートに書いたフィールドを
頭のなかでプレイしていました。
もしかしたら、同じような経験をされた方もいるでしょう。
方眼紙をつかうことで、
自分の世界を構築し、また紙に描かれた「自分や他人の世界を想像する」能力を手に入れたのです。
方眼紙をつかって迷路を構築した

そして、小学生のころに私が好きだったのが「迷路」。
線だけで作られた世界。
閉じられた世界ではあるものの、誰に教わることもなく、自然と一見しただけでルールがわかる。
そんな魅力を持っています。
最初は、図書館で児童書の迷路を借りてきては、指でなぞって遊んでいました。
しかし町立図書館の児童書で、しかも迷路本となると数も知れています。そんなに種類はありません。
すぐに、全部の迷路を遊び終えてしまいます。
そこで方眼紙の出番です。
方眼紙なら、
マスを鉛筆で塗りつぶすだけで、簡単に、オリジナルの迷路が作れます。
そして、マリオのステージをつくるのとは異なり、自分が作った迷路なら、
実際に書き込んで遊ぶことも、友達に遊んでもらうことも可能です。
また、ある程度迷路をつくりなれると、
階段を設けて別の迷路へ相互に行き来できたり、
凝った迷路もつくれます。
複雑な迷路を整合性を持たせてつくることで、論理的な思考力が磨かれます。
方眼紙でプログラミングした

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また、私は小学生5年から、プログラミングを始めました。
これは、完全な独学でした。
町立図書館から児童向けのプログラミングの本を借りてきては、自宅のパソコンにプログラムを入力し覚えていったのです。
最初はまったく理屈がわかりません。
それでも何度か繰り返していくと、その経験を通して、じょじょに意味が分かり出します。
たとえば本をみながらパソコンへプログラムを入力する場合。
入力が終わったからといって、そのままプログラムが完成したりはしません。
入力したプログラムを動かそうとしても、動かないことが大半なのです。
その理由の多くが、簡単な入力ミス。
プログラムというのは、たった1文字の入力ミスで動かなくなります。何日もかけて、本とパソコンを穴があくほど見比べ、完全に同じ内容を入れ込む。 すると、今まで動かなかったプログラムが、いきなり動き出します。
このような入力ミスを繰り返しては正していく作業を繰り返すと、
プログラムを一言一句、丁寧に「見続ける」ことが苦ではなくなります。
そうなれば、ありとあらゆる本を借りては、それをマネしていけます。
その過程のなかで、「自分でオリジナルのゲームを作りたい」と、思うようになりました。
そうして、オリジナルゲームをつくるために、役に立ちそうなプログラムを組み合わせていきました。
当時のプログラムはBASIC言語(プログラムつくる言葉の一つ)でつくられています。
BASIC言語は、プログラムを途中までつくって動かせる特徴をもっています。
とりあえず、プログラムをつくっては動かし、途中までつくっては動かす。
そんなことが簡単にできました。
こうして私が最初にオリジナルのゲームをつくったのは、
小学5年生の冬でした。
内容は非常に簡単。
画面上部に敵がいて、自分が操作する自機が向かい合っています。
そして「それぞれ1発の弾を打ち合って、相手に命中させていく」、
いわゆるシューティングゲームでした。

このゲームを作るときに、「一発の弾を打つ」という仕組みがつくれずに、悪戦苦闘していたことを覚えています。
具体的にいえば、
弾を打っている途中に、新たな弾を打てなくする方法が、分からなかったのです。
そのため
弾を打っている途中に、再度弾を打ち出すと、あら不思議。
途中まで飛んでいた弾が
再度弾を打つと、いきなり自機の目の前にワープするという、不具合を引き起こしたのです。

当時、プログラミング経験の浅かった私。
これを回避する方法が、まったく分かりませんでした。
そこで私は、
自分がつくっているプログラムを方眼紙に書き写しました。小学校の昼休みや自習時間をつかって、その方眼紙にプログラムを書き込み、回避策を模索しました。
そして、不意にひらめきます。
それこそ、
「今弾を打っているかどうかの状態」をもとに、
「弾を打つ処理を呼び出すか否かを切りかえればよい」ということが、分かったのです。
これは、言われてみれば簡単なことでしょう。
しかし、これを自分一人で気づき、形にできた経験は大きかったのです。
私はこの経験により、プログラムを自分で作ることの喜びを知りました。
このように、
方眼紙にプログラムを書くという行為は、そのプログラム(やその言語)への深い理解を援助します。最後に
今回紹介した例は、通常のコピー用紙や、罫線ノートでもことたりると思われるかもしれません。
しかし、あらかじめ一定の大きさのマス目があることは、非常に大切です。例えば、迷路を作るのに定規は不要です。マッピングもフリーハンドで行えます。
また、プログラムは1文字でも間違えると正しく動きません。1文字1文字を丁寧に、しっかりと書くために、方眼紙は最適だったのです。
そう。
まさしく方眼紙があったからこそ、今の私があるのです。
みなさんは、今回解説したような、
「自分を変えたような、支えたような」文房具は、何がありますか?
もし、みなさんなりの例があれば、この記事のコメント欄へ書き込んでくださいね!
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